伊勢神宮の観光大使「御師」さん館はおもてなし旅館

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二見浦 朝日 伊勢神宮のいろいろ
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観光大使「御師」さん

江戸時代、お伊勢参りは庶民の憧れでした。

いまでは交通機関が発達して関東や関西からなら日帰り。

北海道や沖縄からでも1泊2日あれば伊勢神宮に参拝することができます。

鉄道や車などのない時代、東京から徒歩でおよそ片道13日ほどかっかたといわれる。

すでに各地には伊勢神宮を遥拝する祈りの場が存在していた。

それでも人々が伊勢を目指したのは天照大御神に抱いた崇高心がそうさせたのだと思う。

しかし、それだけではなく伊勢神宮の御師さんの存在があった。

今回は伊勢神宮の「御師(おんし)」さんについて紹介します。

さっそく、伊勢神宮の御師さんとはどんな人なのかチェックしましょう。

伊勢神宮の御師さん

御師さんといっても人物の名前ではありません。

広くいえば、伊勢神宮の内宮と外宮のいづれかに奉仕していた神職。
その役割は伊勢神宮の外交や広報担当と伊勢の魅力を広める観光大使

仕事は伊勢神宮から委託を受けての地方出張。

神宮を崇拝する人たちのために祈祷をしたり、神宮大麻(お札)や神宮暦などを全国に届け初穂をいただくことも御師の役目。
現在のお札とお守りについては「伊勢神宮 お守り」で紹介しています。

なかでも新たな村を訪れて天照大御神のご神徳を伝え広めることは重要な役割。

富山の薬売りにと同じく新たな神宮を崇拝する顧客でもあり、彼らに自身の顧客にもなる。
伊勢神宮とつながりの深い御師などは公家や大名を抱えるなど権威を持っていたとされます。

さらに伊勢に訪れた顧客には、おもてなしの料理を振舞い、自分の家に宿泊までさせてしまう。
また、伊勢神宮での参拝の慣わしや作法についてもレクチャーしていた。
こちらで「伊勢神宮 参拝方法」についてご案内しています。

現在でも御師さんは活躍されているのでしょうか?
両宮あわせて全盛期には800~1000人ほどの御師がいましたが、明治4年に制度が廃止となってしまいました。

詳しい人からは送り仮名が間違ってる!
「おんし」ではなく「おし」ですよ!

そんな声が聞こえてきそうですね。
でも、間違いではなく伊勢神宮の御師は「おんし」と呼ばれていました。

どういうこと?
実は御師と呼ばれる人たちは伊勢神宮にかぎった存在ではありませんでした。

例えば、出雲大社や賀茂社(下鴨・上賀茂)、熊野大社など大きな神社や寺院には規模の大小はありますが、同じように活動をする人たちがいました。

そのなかでも伊勢や富士の御師は規模も大きく知名度も高かったといわれています。
そんな伊勢の御師のなかでも人気のある人とそうでない人がいたらしい。

では、どんな人が人気があったのでしょうか?

人気の御師さんは凄腕の旅行代理店

二見浦 朝日
延々と神さまや神宮のことだけを聞かされるのは興味のない人には苦痛になるかもしれない。

人気のある御師は色んな話をしたといわれます。

  • 「東海道の箱根の峠は大変だったけど名湯があるよ!」
  • 「富士川越えて由比宿から歌川広重さんの浮世絵のあの富士山が見れたねー」
  • 「伊勢の二見ヶ浦には夫婦の岩があって好きな人と行くと夫婦になれるって話しもあるよ!」
  • 「伊勢まできたら私の家に泊まれ良いし、ごちそうするよ!」

とかなんとか。

伊勢志摩の美しい風景や郷土料理、歴史や習慣などの話は基本。
ほかにも、江戸の人には東海道から伊勢街道、伊勢神宮までの道のり。
旅の途中に立ち寄った村々の風景、美味しい食べもの、宿泊した旅館の話など。

御師たちはテレビもラジオも、ましてやネットなど存在しない時代に伊勢神宮までの旅の楽しさや各地の観光スポットなどを紹介することで「伊勢を訪れて一度は見たい、食べたい、あやかりたい」と思わせるやり手。

次に実際にお伊勢参りに訪れた時にはどんなもてないがあったのでしょうか。

お伊勢参り旅館 御師の館

伊勢にあった御師の館の特色として大規模であり宿泊(参拝)者の多さ華やかさは出雲や熊野、富士などのそれと比べて群を抜いていた。

邸宅の規模は大小ありました。
敷地内に複数の建物や神楽殿を完備したり、敷地面積から500人ほど収容していたと推測されるも邸宅もあったとされています。

階級もあり代々御師として多くの人と縁を結んできた家は財力もありました。

伊勢市宮町に当時の面影を多く残した現存する日本で唯一の御師の館「丸岡宗大夫(まるおかそうだゆう)の邸」がある。

地元有志によって丸岡邸保存プロジェクトが発足し、修繕や清掃のほか保管されていた献立記録から丸岡家で振舞われていた御師のもてなし料理を再現した食事会などが過去におこなわれた。

一汁一菜が基本の江戸時代でありながら丸岡邸では尾頭付きの鯛など庶民にとって当時では贅沢なものだったようだ。

さらに階級の高い御師ともなると伊勢えびや鮑、現在では入手不可能な鶴や亀などの稀少肉など高級な食材を装飾艶やかな器を使い豪華絢爛な食事を振舞ったり神楽でもてなしていたことが記録に残っている。

伊勢市内の二見町に1軒だけ別の御師家でふるまっていた献立を現在入手可能な食材で再現し宿泊客に提供している「和亭 朝日館」という旅館がある。

気になる人はチェックしてもいいと思います。
和亭 朝日館を楽天でチェック

また二見ヶ浦には有名な夫婦岩や二見輿玉神社など女性に人気の縁結びスポットがあります。

最後に各地から伊勢神宮に行く場合のアクセス方法と駐車場についてリンクしておきます。

伊勢神宮 アクセス
伊勢神宮 駐車場

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