伊勢神宮の内宮に隠された参拝の真実

伊勢神宮の内宮とは

伊勢神宮には、内宮と外宮があることは、もう知っていると思います。

内宮は、一般に伊勢神宮のメインとなるところ。

伊勢神宮を形成する125社の中心で、皇室のご祖神、日本人の総氏神とされる「天照大御神」の鎮座する正宮があります。

また、内宮には第一別宮の荒祭宮を含む10の別宮があります。

皆さんが、伊勢神宮と言われて一番最初にイメージする大鳥居と宇治橋の風景。

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それが、この伊勢神宮の内宮です。

五十鈴川の清らかな流れと木々にかこまれた緑豊かな美しいさ、正しく日本人の心のふるさとと称される伊勢神宮の風景。

内宮の神様は一般的に「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」といいますよね。

本当は舌を噛んでしまいそうな難しいお名前なんです。

「天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)」

呪文みたいですよね。

でも、これが正式な神前においての呼び方なんでそうです。

伊勢神宮の中では一番親しみ深く、馴染みの深い、この内宮は一時期まで国民が参拝することができなかったんです。

何故かって思いますよね?
伊勢神宮(内宮)

その理由は、内宮=天皇のご祖神、天皇家の氏神様とされていたためです。

それなのに、何故、国民にも参拝が許されるようになったのか?

簡単にいえば、広く国民と天照大御神のご神威を分かち合って、国家泰平を祈ろう!

というのは、たてまえ。

実際は資金難から。

学校の歴史や日本史でも朝廷が衰退した時代にことを勉強しましたよね!

戦国時代に伊勢神宮が資金難になって遷宮ができない!!

その危機を救ったのが、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康です。
内宮を救った武将


豊臣秀吉、徳川家康は、まだ分かるます。

織田信長ってホントなの!?

たぶん皆さん、そうお思いますよね!

でも、そうなんです。

それだけ、伊勢神宮の内宮は特別なんですね。

ということで、時の権力者の協力によって、遷宮を成し遂げられました。

このことで、国民も伊勢には「日本国民の総氏神様を祀る神宮」があると認識したんです。

そして、一般庶民の参拝することができるようになっって、江戸時代には爆発的な伊勢参りのブームが起きたんです。

内宮の創建は、およそ2000年前、垂仁天皇26年とされています。

考古学の検知からすると、その創建期については伊勢の地に大和王国の存在を確認できるようになる、6世紀ごろではないかという説もあります。

だとしても、はるか昔から内宮が存在していたことに変わりはありませんね!

内宮より外宮を参拝するのはなぜか?

伊勢神宮の古い慣わしとして、外宮先祭(げぐうせんさい)ものがあります。

内宮の神様の「外宮の豊受大御神に祭事をしてから、内宮の私の祭事をして下さい」という意向によるものです。

これは「太神宮諸雑事記」という伊勢神宮の神職さんたちの教科書のような書物にも書かれていること。

この慣わしが、一般参拝において外宮を最初にという考えの根本です。

でも、実はすべてが外宮から内宮へというばかりではないんです!

例えば、記憶に新しいところでは遷宮の最大の神事だった「遷御の儀」です。

内宮が10月2日、外宮が10月5日でした。

他にも、日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)の神饌奉奠や祝詞、神宮最大の神事の式年遷宮の諸祭はすべて、内宮が先になんです。

やはり、もっとも重要な神事は内宮からということなんでしょうね。

外宮が先となるのは、恒例祭典といわれる神嘗祭などの神事です。

そんなこと書かれたら、どっちから先に参拝したらいいか迷うじゃん!

そうですよね、

でも、伊勢神宮を所管する神宮寺庁は、こんな見解を示しています。

「外宮から内宮へという順番が「正しい参拝順序」とするのは少々問題があり、神宮司庁広報室では「古くからの」としています。」

つまり、外宮から内宮という参拝の仕方は古くからの慣わし、伝統的な考え方として認知されているということ。

ある意味では、伊勢神宮も容認、公認する古くからの慣わしに則した参拝方法だということですね。

古くからの慣わしの基本的な参拝方法は以下のリンクからチェックできます。
・伊勢神宮参拝方法まとめ

内宮の別宮
内宮には10の別宮があります。
それぞれを、簡単にまとめました。

第一別宮「荒祭宮」
荒祭宮表札

内宮では、正宮についで尊い宮とされ、天照大御神の格別なご神威の現れた姿。
活動的で躍動感ある神格で、個人的な祈願をしても良いとされています。

月読宮・月読荒御魂宮・伊佐奈岐宮・伊佐奈弥宮
ここには、4つの宮が並んで建っています。
伊佐奈岐と伊佐奈弥、その子にあたり、天照大御神の弟の月読尊が祀られている。
そのため、家族の和合や縁結び、恋愛成就の祈願に訪れる女性が多い別宮ですね。
内宮から歩くと30分ほどかかります。
移動には循環バスの「中村」で下車し、徒歩5分ほどです。
滝原宮・瀧原竝宮
現在では、内宮の遥の宮とされています。
でも、この滝原宮こそ場合によっては伊勢神宮の中心となっていたかも知れないところなんです。
垂仁天皇の皇女、倭姫命が天照坐皇大御神(天照大御神)を祀るにふさわしい地を探す旅をされました。
その旅において、滝原の美しい風景から新宮を建て祀られたのですが、その後神意によって現在の内宮へ移られたという説がある場所です。
内宮からは遠く、移動には紀勢本線に乗り、滝原駅を下車1.5Kmほど。
伊雑宮
内宮へ奉納するお米を作るための田んぼ(神田:みた)や食材を調達する場所とされます。
皇女、倭姫命によって、この地を選定した際に天照坐皇大御神をお祀りしたことが始まりとされています。
風日祈宮
内宮の神楽殿から奥の方に参道が見えるのが、風日祈宮です。
蒙古襲来の時、猛風を起こして敵軍を全滅させたとされ、その功績を称えて内宮の別宮になったとされます。
倭姫宮
倭姫命(やまとひめのみこと)は、別宮の紹介で度々登場していますね。
この神様が、伊勢神宮の祭事などの重要な決め事をされ、基礎を作られたとされています。
そのため、リーダーという職に就いている人が良く参拝されるそうです。

伊勢神宮 内宮

住所:三重県伊勢市宇治館町1

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